【ネタバレ注意】ガラスの仮面第15巻その⑧【経験するすべてに無駄は何一つない。】

      2018/06/14

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「光路真帆リサイタル」

盛大に飾られた会場にやってきたのは
ドレスアップしたマヤと里美茂。

その名前からして宝塚関係者だろうか?
ちなみに「ジャイアンリサイタル」以外に
「リサイタル」なる単語を見聞きする機会は非常に少ない。

私は「リサイタル」というものを「ジャイアンリサイタル」以外に知らないため、
「リサイタル」は空き地で「ボエ〜」とやる苦行の時間をついつい連想しがちである。

「シャンソンの女王、光路真帆のリサイタルはいつもこうなんだ。
特に初日は華やかな有名人達が集まる。
彼女のファンは上流階級が多く、
芸能界、政財界、各界の有名人が集まって
ちょっとした上流社交界のサロンだ。」

シャンソンの女王がやるリサイタルは、
ジャイアンがやるリサイタルとは真逆にあるセレブな空間らしい。

そのセレブ空間に、セレブ達の耳目を集めながら現れたのは姫川亜弓。
舞台で相手役になる俳優・田口剣さんと腕を組みながら登場。
お互いを認識したマヤと亜弓。
しかし二人の表情が同時に驚きに変わった。

二人の目線の先には月影先生がいたのだった。
いつもの黒ベースの服よりも高級そうな服に、
毛皮の襟巻き的な何かをまとい、
「フォーマルモード」の紅天女。
しかも両サイドには速水真澄と小野寺先生を従えて登場。

ついこの間まで、6畳のアパートで死にかけ入院していたとは思えないゴージャスさ。
やはりマヤを大都芸能に入れた見返りになんらかの金銭が動き、
リサイタルに参加できるセレブの地位を手に入れたのか?

「あら、お久しぶりね。マヤ、亜弓さん。
 ごきげんよう・・・」

その証拠にとてもご機嫌である。
しかし鬼の月影道場の記憶が抜けないマヤ。
月影先生と目があっただけで恐縮し、

「どうしよう・・・
 月影先生は里美さんとのこと、怒るに違いないわ・・・」

と妄想する始末。
妄想の中の月影先生は

「今のあなたに一番大事なのは演劇の稽古です!
 男の子と付き合うなどもっての他!」

と激怒している。
マヤの妄想力が凄いのか?月影先生が余程恐ろしいのか?

しかし月影先生めっちゃ笑顔。

「そう、あなたに恋の相手ができたとは素晴らしいこと。
 亜弓さん、そちらの方は?」

「日帝劇場でやる『朱の彼方』で私の恋するおじ様なんです。」

「まあ、それは素敵。
 で、今も恋の稽古というわけ?」

ご機嫌だけでなく、トークも絶好調だ。

「テレビの『虹の記憶』のヒロイン聖子とても素晴らしい演技だわ。
 あなたがこんなに恋の演技がうまくなっているなんて大した成長だわ。
 今度の『朱の彼方』ではどんな恋する少女を演じて見せてくれるのかしら?
 どうやらこのお方とのおつきあいにかかっているようね、亜弓さん。」

月影先生高笑い。そして軽妙なトークは続く。

「いいですか?マヤ、亜弓さん、
 あなた方の経験するすべてに無駄は何一つない。
 やがて全てが紅天女に結びついてくる・・・!
 よくて?この言葉を忘れないで。
 また会いましょう二人とも近いうちに。」

一方的に言うだけ言って去っていった。

「経験するすべてに無駄は何一つない。
 全てが紅天女に結びつく・・・・月影先生!」

怒られずに済んだせいか、月影先生の言葉を噛みしめるマヤ。

「恐ろしい勘だわ!見抜かれていた・・・!
 私が演技のために恋していることを・・・・!」

月影先生の慧眼に驚かされる亜弓。
多分、勘ではないと思う。
今まで見てきた姫川亜弓と、テレビで見た恋する演技の姫川亜弓。
その二つの間に、冴えへん端役やおっさん俳優との恋の噂があれば
誰だって関連性は疑うわ。

「あの二人の恋もあなたにとっては演技の上での稽古に過ぎないのですか?」

速水真澄の鋭い質問。
しかし質問は一切無視して長い一人言。

  • それぞれに性格も違うあの二人・・・恋することによってそこから様々な思いを学び取るでしょう。
  • ただ一つの恋でもいい。たくさんの恋でもいい。
  • 身体中に溢れるような幸福感、やさしさ、ときめき、せつなさ、やるせなさ、甘い思いそしてジェラシー・・・
  • 稽古の積み重ねだけではできない演技もある・・・
  • 二人とも恋の演技こそはこれから!
  • これから芝居の中で様々な恋を演じていくことでしょう。
  • その果てに紅天女の恋が待っている!
  • そう、演劇界幻の名作・紅天女!
  • 紅梅、梅の木の精の恋が・・・・!

結局紅天女に全ては収束する「紅天女原理主義」。
どうやら紅天女は恋的要素もある話らしい。

というわけで今回は月影先生と紅天女候補二人が久々に顔を合わせた。
月影先生の素晴らしいところは、演技の本質、
すなわち自身の心や体の反応、自身の経験や考えを重視しているところである。

たまたまご機嫌だったのかもしれないが、怯えるマヤに「恋愛のススメ」を説くという意外な一面。
そしてその中から得られる真の感情や経験こそが稽古で得られない演技なのであろう。

そういった意味では姫川亜弓の恋は「真の恋」ではないゆえに、
「真の恋」をしているマヤとは得られるものが雲泥の差なのではなかろうか。
そのあたり形から入りたがる姫川亜弓の弱点である。

しかし役者とは辛い職業だ。
恋だけでなく、日々の生活、歩行、食事などなど、
何気ない日常にいたるまで全てが芸の肥やしであり、
それらを「演技」として活かさなければならない。

「恋も演技の上での稽古に過ぎないのですか?」

という速水真澄の質問ももっともである。
恋だけでなく人生の全てが稽古であり、
人生の全てが紅天女に結びついている。
自身にも非常に厳しくなければならない。

しかしその割には、かつての紅天女・月影先生は自由である。
自由に高笑いし、言いたいことを言い、怒りたいときに怒り、しばきたいときにしばく。
紅天女を極めた役者だから許されるのであろうか。

そしてマヤと亜弓と月影先生を引き合わせるためだけの場として利用された
「光路真帆リサイタル」
シャンソンの女王の歌唱シーンは一切描かれていない。

つづく。

 - あらすじ・ネタバレ注意, 第15巻・華やかな迷路(3)