【ネタバレ注意】ガラスの仮面第19巻その④【舞台という虹の中に・・・】

      2019/03/16

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一ツ星学園土曜劇場「通り雨」上演当日。
校舎裏の体育倉庫前には人だかりが。

押し寄せた観客には整理番号札が配られ、
体育倉庫からあふれんばかりの大盛況。

「なによあれ!演劇部を無視してくれちゃって!」
「一ツ星学園土曜劇場だと!ふざけやがって!」

マヤの一人芝居の人気に嫉妬する演劇部員等。
美術部員や工作部員が今回の公演の手伝いをしていることを聞き及び、
学校に文句を言おうとする過激派部員も。

「およしなさい。
 今度の舞台も一般生徒の希望で上演が決まったのよ。
 下手にもめて他の生徒等の反感を買うのは演劇部としてもマイナス。
 やっかんでると思われるだけ損よ。」

いきり立つ部員を制する演劇部部長。
常に白目で怖い顔の人だが、前回のマヤの稽古風景の洞察といい、
なかなかものを見る目とバランス感覚はあるようだ。

「それにしてもあの子、どうしてこんなつまらない芝居を選んだのかしら?
 前の女海賊ビアンカは劇自体が面白かったらうけたのよ。
 だけどこの「通り雨」こんな劇がうけると思っているのかしら?
 平凡でつまらない話・・・・!」

演劇部長だけあって、舞台の出来不出来も経験者の意見である。
これは今回の舞台解説はこの方に決まったようだ。

舞台袖から客席を伺うマヤ。
思いのほかぎっしりと詰まった客席に驚く。

「通り雨・・・
 おしゃまな妹に陽気なアニキ、
 小言は多いけれど優しいお母さん
 それからお父さん・・・
 虹の中に私の家族がいる
 舞台という虹の中に・・・・」

リアルでは天涯孤独のマヤが舞台の上に描く家族に泣けてくる。
そして開演。

舞台袖から聞こえる効果音とマヤのセリフから始まった。
そしてセーラー服を着たマヤが舞台登場すると
客席からは割れんばかりの拍手が。
もはや歌舞伎か宝塚か吉本新喜劇にも似た看板役者である。

「まいどいらっしゃいませ」

一瞬素に帰ると客席に挨拶するマヤ。
場内爆笑。新喜劇か。

しかしマヤの芝居は早速アクセル全開。
トイレの扉をノックするパントマイム、
扉を閉めるパントマイム、
歯を磨くパントマイム、
蛇口をひねり顔を洗いタオルで顔を拭くパントマイム。
芝居を見慣れていない一般生徒等にもその一挙手一投足は的確に伝わり、
そして演劇部員等を毎度うならせる。

「これは・・・いったい・・・」

パントマイムや。

「さっきからほとんど位置を変えていないのに
 場所の移動が鮮やかにわかる・・・
 廊下にトイレの前、洗面所台所、
 それから一つ部屋を抜けて縁側・・・
 あの子いったいどんな芝居をやる気なの・・・?」

さすが演劇部部長、舞台解説も素晴らしい。

「うっ・・・!
 あの子の手・・・
 あの子の手の動きが障子の形を生み出したわ!こんな・・・」

なんかもうマヤの芝居よりも
部長の白眼の表情と解説が気になってしまう。

「今あの子のまわりに家族がいるようにみえた・・・
 あの子の家族が・・・」

劇中場面は速いテンポで移って行った。
自宅、バス停から校門、校内、廊下、階段、
大道具はないが、マヤの芝居がその場面を確実に観客へ伝える。
そして普通の女子高生のありふれた日常を描いていくのだった。
しかし日常も演じて見ると新鮮な動きとして観客の目に留まり、
一つ一つに描写された佐藤ひろみの個性と感情が
観客を引きつけ、そして観客は感情移入して行ったのだった。
誰もが「つまらない脚本」といった「通り雨」に
退屈している客は誰もいなかったのである。

「こんな馬鹿な・・・」

相変わらず白目で冷や汗を流す演劇部部長。
この人は演劇部長だけのことはあって、
一般生徒の観客とは違う、舞台人としての芝居の見方ができるようだ。
そしてその舞台人目線の驚きと解説が、マヤのすごさを引き立たせる。
佐藤ひろみに観客が感情移入していくのと同じように、
高慢でいけ好かない感じだったこの演劇部長に読者は親しみを覚えてくるから不思議である。

そして舞台は佳境に。
通り雨に出会った佐藤ひろみは
雨宿りした喫茶店の軒下で父親の浮気を知ることになる。

「顔をうなだれて真剣な顔・・・
 誰なのお父さんその若い女は・・・?」

というか娘の通学圏で女と会ってる父親、詰め甘すぎ。

その若い女性は父親にとっての初恋、
妻とは何もわからずに人に勧められるまま見合い結婚、
だが愛してる、妻も子供達も。
四年も悲しい思いをさせてきた。
まあ、浮気男の典型的な方便でもある。

「許してってなぜ謝るの?なぜさっさと別れないの?
 お父さん真剣にこの女を愛しているんだわ・・・
 この人、お父さんに決断を迫ってるんだ!
 お母さんと私たちをとるか、自分をとるか・・・」

話の急展開に引きつけられる観客。

「どうしたのお父さん、なぜ黙ってるの?
 なぜその人の手を離さないの?」

激しい雨音の中舞台は暗転。
場面が変わると佐藤ひろみは歩いていた。

「あの子・・・あの足取り・・・
 ど・・・どうなったのかしらあの続きは・・・?」

つまらないとまで言っていた脚本の続きが気になる演劇部部長。
そして舞台の上では雨に打たれる佐藤ひろみ。
その芝居が、その表情が、観客の目には冷たい雨にびしょ濡れになっているように映るのだ。

「なんとかしなくちゃなんとか・・・
 お父さんを取り戻すんだ・・・」

「なんなのこれ・・・
 このひたむきさ・・・
 とても演技とは思えない・・・」

セリフのやり取りかと思うくらい絶妙の間合い
しかも若干食い気味で解説を挟む演劇部部長。

「そうよ今ならまだ間に合うわ
 何か考えよう・・・
 虹の中にあたしの家族がいる・・・
 舞台という虹の中に・・・」

舞台上のマヤは、佐藤ひろみのセリフを話しながら
佐藤ひろみになりきろうとする心の叫びを挟んでいた。

 

というわけで「通り雨」前半。
今回は演劇部部長の話といっても過言ではない。
この人がいなかったら
平凡なストーリーをえげつないまでに演じきったマヤをみて感情移入している観客。
というだけの話なのだが、
演劇部部長の的確な解説のおかげで、
作中のナレーションだけでは表現しきれない芝居の進行や演技の詳細が読者に伝わる。
いつもは大体、青木麗がレギュラー解説者としてその役割を担っていたが、
今回のこの演劇部部長もなかなか素晴らしい。
やはり一つの舞台につき、解説者が必要なのである。

あれほど「通り雨」という脚本を見下していたにも関わらず、
最終的にはその話の虜になり、不覚にも一般観客に近い感想すら抱いてしまった演劇部長。
しかし舞台の上のマヤは「舞台という虹の中に・・・」という、
芝居をしているようで、芝居をしている自分を客観的に見つめているのだから天才である。
佐藤ひろみならば「舞台という・・・」などという言葉はいうわけがない。
北島マヤだからその言葉が出るのである。

「夜叉姫物語」の「おらぁトキだー」と同じである。

観客を感情移入させるほどの迫真の芝居を見せながら、
自分を客観的に見つめ、自身の中の佐藤ひろみを鼓舞する北島マヤがいるのである。
だから天才っていやだ。

つづく。

 - あらすじ・ネタバレ注意, 第19巻・100万の虹(2)