【ネタバレ注意】ガラスの仮面第22巻その⑥【審査員と言う名の観客・・・】

   

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第10章・冬の星座

日帝劇場地下稽古場にやってきたマヤ
オーディション開始15分前、すでに6名の女優がスタンバイ。
ステージママや事務所のおっさんを連れてきているものもあり、
早速静かに火花を撒き散らしている。

「あの・・・ここ座ってもいいかしら?」
「どうぞ。」
「あ・・・!あなた「こちら交番通り」に出ていたナナちゃん役の人?」
「ええ」
「江川ルリさんね!
 わああたしあの番組好きでずっと見ていたのよ
 終わっちゃって残念だわ」
「それはどうも」

街中の素人ならいざ知らず、
関係者にいきなりしかもオーディション直前にミーハー行為を撒き散らす大女優。
こういうところが嫌われる理由でもある。

「あそこにいる人たちもテレビや映画でよく見かけるわ。
 すごいのね、みんな有名な人ばっかり・・・!」
「そりゃそうよ。姫川亜弓の相手役だもの当然だわ。
 あの北園ゆかりが姫川亜弓を恐れて役を降りたほどよ。
 相当な実力者でなければ務まらないわ。」

状況を説明してくれているのだが、遠回しな自慢にも聞こえる。

「あなたもオーディションを受けに来たの?」
「ええ北島マヤといいます。よろしく」
「北島マヤ・・・
 あなた北島マヤさんなの!?大河ドラマに沙都子役で出ていた・・・」

名乗って初めて気がつく。暴れん坊将軍か。
驚いて立ち上がるもの、ざわつく室内、
奇跡の人のヘレン役では姫川亜弓を抑えて助演女優賞をとった伝説。
強敵の出現に恐れを成すライバルたち。
マヤが一番有名やったというオチか。

そこに現れた進行役の川口さん。
段取りよくオーディションの概要を伝える。

  1. 劇団自由人 草加みどり
  2. すずき事務所 古城由紀
  3. ドリームプロ 植草葉子
  4. 太宝プロ 江川ルリ
  5. 劇団ジェッツ 藤川玲美
  6. 劇団女神座 雪村みちる
  7. 北島マヤ

飛び入り乱入のマヤは無所属扱いか。
なお、審査員は以下の5名とのこと

  • 演出家 風魔鬼平
  • 脚本家 瀬戸哲也
  • 舞台美術 大友静香
  • 制作主任 兼平良介
  • 劇評家 藤倉栄

マヤの参加を認めた兼平さんも審査員だ。

「この「二人の王女」は王位継承権を巡って対立する二人の王女の対照的な生き方を描くもので
 一方の王女が姫川亜弓に決まっております。
 姫川亜弓の相手として立派に対抗できるだけの実力が必要とされるわけです。
 したがってこの審査も従来のものとは違い
 皆さん方の実力を見せていただくため少々変わったやり方をとらせてもらうことになりました。」

審査方法は一次審査から三次審査まで三回行われ、
各審査に合格したものだけが次に進めるとのこと。
いたって普通の審査方法である。
脱落形式で行われるこの審査、
難しい課題は棄権しても結構という謎のお許し付き。

そしてマヤたち参加者には第一番目の課題が書かれた1枚のコピーが配布され、
30分以内にセリフを覚えて演技するのだった。

せっかくなんで書いておきます。

課題①「毒」
「毒 わたしがこの毒を手に入れたことを知るものは誰もいない
 誰の運命をどうすることもすべて思いのまま
 あのひと これから先のあのひとの人生 運命 命
 それがすべてわたしのこの手の中にある
 もう思い通りになんてさせやしないわ
 裏切りごうまんあなたはいつだって身勝手に生きてきた
 わたしの心をずたずたに切りさいて血がふきでるのをあなたは楽しんでいる
 笑ってらっしゃい これはわたしの切り札よ
 ポーカーフェイスをよそおってあなたの前でいつも通りの表情をみせてあげる
 これが体にはいり消化されるにしたがってしだいに毒がまわって
 4時間後には心臓マヒと同じ症状で死ぬ
 毒は体に残らない
 これをほんのひとたらしふたたらし
 あなたはそれをほんのひと口ふた口
 それですべてが終わる
 わたしは苦しみの鎖から解き放たれる
 わたしの切り札」

この長ゼリフを書いた人およびこれを課題に選んだ人の精神状態に不安を覚える。
しかしそんな殺伐とした内容とは裏腹に安堵の息を漏らす候補者たち。

「なんだこんなセリフなら簡単だわ。
 劇団の稽古でもよくやらされたもの。」

簡単と言い切ったのは劇団女神座・雪村みちる。
女神とは程遠い凡庸なビジュアル

「殺意の感情を出せばいいわけでしょう?
 やりやすいわこういう演技ならわたし得意よ!」

凡庸な芝居解釈をステージママに報告するのは
劇団自由人の草加みどり。
自由人のくせに保護者同伴。
こういう芝居が得意ってどういうことや。

「むずかしいわ・・・」

他の女優陣が安堵する中、でっかい声で難易度を判定するマヤ。

「助演女優賞まで取った人がこの程度のセリフの演技が難しいっていうの?」

「ええ・・だって・・・
 一体どんな人物なのかしら・・・
 "わたし"が殺そうとしている"あのひと"っていうのは・・・
 どこにも書かれていないわ・・・」

「あっ・・・」

「あのひとが恋人なのか友人なのか
 または家族のうちのひとりなのか・・・
 あるいはもっと違う立場の人なのか・・・
 それによってすべての演技が変わってくるわ・・・」

「うっ・・・」

「わたしはどんな過去を背負っていて
 なぜあのひとをこうまで憎んでいるのかしら?
 それにこのセリフは一体どんな場所でつぶやいているのかしら・・?
 また毒は一体どんな容器に入っているのか・・・?
 このセリフにはなんの説明も見当たらない・・・
 とても・・・難しいわ・・・」

難しいと言っておきながら
競争相手に惜しげも無くヒントを与えてしまう天才。
そしてその天才の思考に驚いたのは、江川ルリさん。
もう「あっ・・」とか「うっ・・・」とかしか言えず
ただただマヤを見つめているのだった。

 

その頃速水邸。

「10時20分か・・・そろそろオーディションの始まる頃だな・・・」

「コーヒーをお持ちしました真澄さま。真澄さま・・・?」

「え?ああ・・・ありがとう」

「珍しいですわね。真澄さまがぼんやりなさるなんて・・・」

マヤのことを思いつめている速水真澄は、
女中さんから見るとぼんやりなさっているらしい。
そしてこの程度なら珍しくもなんともないぞ。

そして速水真澄宛にかかってきた電話は聖さんからだ。

「今日帝劇場の近くの電話ボックスからです。
 取材記者に紛れて日帝に入り込みました。」

「そうか第三次審査まで・・・予想通り厳しそうだな」

「どうしましょう?何かいたしましょうか?御命令は?」

「いや何もしなくていい。
 審査の経過報告だけをしてくれ。これからはあの子の実力だけが勝負だ。」

何もしなくていいというが、すでに不法侵入という犯罪を犯している聖さん。

「はい。他には?」

「何もない。ただあの子を見守ってやっていてくれ・・・」

「わかりました。あなたのかわりにですね?」

「!!そうだ・・・」

スパイのくせにいらんこと言う聖さん。
速水真澄の下で仕事していると、水城さんのようについついいじって見たくなるのだろうか。

 

そしていよいよ始まったオーディション。
1番からみなそれぞれ演技をしていく。
さすが姫川亜弓の相手役候補に選ばれるだけあってそつのない演技。
それぞれの個性や解釈も異なり、審査員たちを楽しませる。

「ですが何かこう・・・演技が上っすべりしているような気がしませんか?
 演技のために演技している・・わたしはどうもそんな気がして
 作った演技とでも言いますか、そうなんだかリアリティが・・・」

そう評価するのは演出家の風魔鬼平先生。
イかれた名前に恥じないだけの芝居を見る目を持っている。

「あともう一人いるんです。
 僕の一存で出場をOKしたわけですが北島マヤです。
 姫川亜弓を抑えて助演女優賞をとったこともある少女です。
 オーディションを受けさせるだけでも面白いんじゃないかと思いまして・・・」

半分以上は面白さ期待の兼平さん。その気持ち嫌いじゃない。

「7番北島マヤ!
 ・・・いないのか?」

楽屋の隅でセリフをぶつぶつと読み続けているいつものマヤの姿がそこにあった。
そして呼ばれて初めてオーディションに来ていたことを思い出し、
審査員たちを待たせたにも関わらず大物入場。

「北島マヤ・・・いったいどんな演技を・・・?」

江川ルリさんはもはや気がきではない。

そして審査員の開始の合図があると
背を向け部屋の中央へ進むマヤ。
そして振り返ったマヤの表情に度肝を抜かれる審査員たち。

「ここにいるのは審査員と言う名の観客・・・」

こうしてマヤのオーディションと言う名のショートコントは始まった。

 

と言うわけで今回。

相変わらずの天然天才ぶりのマヤ。
浮世離れした言動で周囲を不快にさせたかと思えば、
臨機応変かつ適切な芝居へのプロセスを
しかもでかい声で周囲に披露し、
審査員を呆れさせたのちに芝居とのギャップで度肝をぬく。
しかもこれが計算ではなく本能なのだからタチが悪い。

そして気になったのは聖さんだ。
記者に紛れて若干変装して日帝劇場に不法侵入。
大都芸能の影である彼にとってはこの程度はもはや犯罪ではないのだろう。
そしてさらに恐ろしいのが

「どうしましょう?何かいたしましょうか?御命令は?」

この状況で聖さんにできることは
マヤの援護か、他の出演者の妨害くらいである。
一人芝居のオーディションから察するに、マヤの援護は考えにくい。
もし速水真澄が「やれ」といったら、
殺さないまでも例えば下剤を飲ませる、
オーディションの時間だけライバルを監禁する、
それくらいのことは簡単にやってのけそうである。
何をする気だったのだろうか。
おそるべしスパイ。
彼の言葉の裏側に、とんでもない世界を感じてしまった。

23巻につづく

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