【ネタバレ注意】ガラスの仮面第29巻その③【人間がこわい!】

      2020/12/26

Pocket

「君をここへ呼んだのは他でもない。秋の芸術祭のことだ黒沼くん。」

大沢演劇事務所、社長に呼び出された黒沼先生。

「この秋上演される舞台のほとんどは演劇協会の主催するアカデミー芸術祭に参加するわけだが
 当然のことながらうちの事務所からは「忘れられた荒野」を出すことになっとる。」

社長の熱い思いにも関わらず他人顔の黒沼先生。

「うちの事務所はまだ一度も賞に縁がないのだ。
 君を起用したのもその期待があるからだ。
 是非とも頑張っていい芝居にしてくれたまえ黒沼くん。」

黒沼先生はフリーランスの演出家なのだろうか。

「狼少女ジェーン役は君の意見をいれて君の選んだキャストにした。
 キャストについては仕方がない。
 しかし舞台の上では話題になるような場面をつくれんかね?」

「話題になるような場面?」

「そうだよ、宣伝として売れる場面だ。
 例えば誰かを裸にするとかだね。」

「お言葉ですが社長
 俺は賞を取るためにやっているんじゃない。
 いい芝居をつくりたいだけだ。
 生命の通った舞台を作りたいだけだ。
 賞を取る取らないはその結果ですよ。
 初めから賞を狙う芝居なんか俺には作れませんね。」

「君には賞は関係ないかも知れんがこの事務所には必要なんだ!
 だいたい五年前のことも忘れてそんな大口叩ける身分か!
 君だってこれで賞を取れればこの世界でもっと生きやすくなるんじゃないのか!」

激怒する社長。止めるスタッフ、稽古場に向かう黒沼先生。
まあ双方の言い分とももっともである。

芝居の本質を追求する黒沼先生、
聞き様によっては青臭い学生演劇のような主張だが
彼はこれまで生きづらくともそのスタンスで鬼才と呼ばれてきた。
そして事務所として興業の目的を追求する社長も間違いではない。
経営不振を挽回すべく、賞をとって名をあげたいところである。
お互い少しずつ歩み寄ればよいものを
その微妙なすれ違いの機微が見事に描かれている。

 

そして例によって個室ではマヤの個別特訓。
通された小部屋はソファーやテーブル、棚などが乱雑に置かれている。

「今日はここで稽古をしてもらう。
 さ、動きやすいように周りを片付けたまえ。」

言われるまま椅子やテーブルを移動し、スペースを確保するマヤ。

「こんなものでいいですか?」

「よかろう、いいかここを君一人で片付けさせたのには訳がある。
 ここは君の世界だ。狼少女ジェーンの心と魂の世界だ。
 ここを訪れるものは君にとって侵入者なのだ。君の世界の。
 いいかねジェーン?」

「はい先生。」

稽古に入る二人。台本をト書きから読み始める。

「でこの冒頭の狼の遠吠えだが、
 まずこれをやってもらおう。」

ブラインドを閉じ照明を消す黒沼先生。

「多少薄明かりはあるがまあいいだろう。」

「はい」

暗闇の中、前足をつくマヤ。

「幕は開いた。
 だが舞台は真っ暗な闇だ。
 観客は闇の中に狼の声を聞く・・・
 さあ!吠えろジェーン!」

黒沼先生の合図とともに遠吠えを開始するマヤ。

「ちがうなその声は違う。
 ジェーンの最初のこの一声、
 これはこの芝居の全てを貫くジェーンの心なんだ
 さ!もう一度」

「最初の一声・・・
 どんな気持ちだったんだろうジェーンはこの時・・・
 住み慣れた野や山・・・
 両親や兄弟達からも引き離され
 得体の知れない二本足の動物に捕らえられてしまった・・・
 こわい・・・なんだってこんな目にあわされるの?
 この二本足の動物達はどうして自分をいじめるの?」

「ちがう!もう一度!」

「なつかしい荒野
 かえりたいよう、かえりたいよう」

「狼の遠吠えをやろうとするな!
 ジェーンの心をふりしぼれ!」

「淋しいよう哀しいよう
 父さん母さん・・・!
 母さん・・・!」

ジェーンの心が、かつて母の死を受けとめたマヤの心とシンクロした。
その遠吠えが事務所に哀しく響き渡る。

黒沼先生のメガネが光る。

「すごい声・・・
 なんだか悲痛な声だわ・・・
 こっちまで哀しくなってくる・・・」

別場所で稽古している共演者達にも聞こえる。

「よし!今のその声だ!忘れるな!
 10分間の休息。
 水だ飲めジェーン。」

さらに注がれた水を舐めるマヤ。

「西村!次のシーンの用意だ!呼んでこい。
 あと7分したらここのドアを開けて入って来させろ。」

スタッフに命じる黒沼先生。

「ジェーンここは荒野だ。
 君の眼の前に初めて巨大な敵が立ちふさがった。
 村人だ。」

黒沼先生が扉を開けるとそこには
棒や縄を手にした村人役の俳優3人。

「なんだろうこわい・・・!
 ものすごくこの人たちが・・・!」

すでに野生動物の心を会得している。

「いたぞ!あれだ」
「あの噂は本当だったんだな!」

躙り寄る村人達。

「ようしこれでつかまえろ。
 相手は人間じゃねえ。狼っ子だ。」

逃げようとするマヤ。

「そっちへ行ったぞ!縄をかけろ!」

投げ縄がマヤの首を捕える。縄の結び方は完全に首吊りのあれといっしょである。

暴れるマヤ、取り押さえる村人。
段取りもリハもなしでぶっつけでやるアクション、危険極まりない。

手を叩く黒沼先生、止まる一同。

「よろしい。次!」

部屋を出て行く村人達。肩で息をするマヤ。

「一幕第一場、次のシーンだ。」

開く扉、その物音と漏れる光に鋭敏に反応するマヤ。
その動きを見た黒沼先生、ご満悦なまでにメガネが光る。

入ってきたのは鞭を手にした大男。

「見世物小屋の男だ。
 ジェーンを金儲けの道具としか考えていない。」

「どうしたんだろうあたし・・・
 人間が怖い・・・なんだか怖い・・・」

鞭で床を叩く男。

「さあよってらっしゃい見てらっしゃい!
 世にも珍しい狼少女だよ!
 父親が人間、母親が狼。
 その間に生まれた狼娘。
 四つ足で歩き、生肉しか食べない。
 月夜の晩には遠吠えして仲間を呼ぶよ
 これが今話題の狼少女だよ!」

「よろしい!つぎ!」

出て行く大男。
人間への恐怖を完全に会得したマヤ。
そしてまた扉が開く。
入ってきたのは桜小路くん演ずるスチュワート。

「桜小路くん・・・!こんな形であなたと共演するなんて・・・」

せっかく高めた狼の心をリセットしてマヤの心になる。もったいない。
そして再度仕切り直して、物陰に隠れる。

「怖がらなくてもいいんだよ。
 僕はスチュワート。
 君と友達になりたいんだ。
 今日は君へのプレゼントを持ってきたんだ。
 気に入ったらあとでお食べ。」

去って行くスチュワート。
そしてスチュワートが置いて行った肉に恐る恐る近づき、
確認しながら口にする。そのマヤの狼芝居にご満悦の黒沼先生。

「つぎ!」

入ってきたのは役者20人くらい
逃げようとするマヤ、
しかし周囲を椅子で囲み逃げられなくする。

「これはオリだ。
 君はスチュワートの屋敷に連れられてきたんだ。」

オリの外からジェーンを見て品評する役者達。
スチュワートの屋敷に見にきた客の役だろうか。

「こわい・・・人間がこわい!」

震えながら低いうなり声を上げるマヤ。

「おびえてる・・・この子怯えているわ」
「本気だぜ・・・おい・・・」

本気だぜとか言ってる奴は本気で芝居していないのだろうか。

「よろしいそれまで!
 もう人間に戻っていいぞ北島!」

「う・・・」

「どうした?
 まだ気持ちが元に戻らんか?」

「あ・・う・・・なんだかみんながこわくて・・・」

「人間に対する恐怖・・・
 それがジェーンの中にある。忘れるな。
 よし!今日の稽古はこれまで!
 他のみんなは別室で稽古を行う。」

まだ人間に戻りきらないマヤを放置して出て行く一同。

「俺の目に狂いはなかったな
 ジェーンとして扱われているうちにあの子は
 ジェーンの感情をつかんでしまった・・
 たいした才能だ。」

マヤの才能を褒めているのか、
自らの慧眼を自画自賛しているのかわからんが
とにかくご満悦の黒沼将軍。

「おいあの子の噂を知ってるか?」

共演者ではマヤの経歴が噂に

  • 前にアカデミー芸術賞で奇跡の人のヘレン役で助演女優賞を獲っている
  • 全日本演劇コンクールで一人芝居で一般投票第一位を獲ったそうだ
  • 栄進座の原田菊子があの子のことを「舞台あらし」と言っておそれている
  • 演劇界幻の名作紅天女を巡って、あの天才と名高い姫川亜弓とライバル関係にある

全部事実である。

「黒沼先生も大変な鬼才だ・・・
 これから先あの二人がどんな演技をやっていくのか
 俺ちょっと怖いよ・・・」

恐れをなす共演者達。
稽古場ではまだ、マヤは人間への恐怖に震えている。

 

ちゅうわけで今回。
天才と鬼才の激突である。

マヤの才能もさることながら
その才能を怒涛のように引き出す黒沼先生の指導力がすごい。

息をつく間も無くジェーンのシーンを連続させることで
その心の動きや人間への気持ちを沸き立たせる。

しかしその芝居への熱さと妥協のなさゆえに
これまで周囲と軋轢を生み干されてきたのも事実である。
今回も社長との決裂を予感させる激突。

黒沼先生はもう少し迎合するようなことを言えれば
仕事にとってプラスになることも多いだろうし
社長も口出しせずに先生に任せておけば
自然と賞に近づけるというもの。

しかしそんな上手い具合にはいかない。
結局鬼才を受け入れるのは天才ということでろうか。

つづく

 

 - あらすじ・ネタバレ注意, 第29巻・紫の影(2)