【ネタバレ注意】ガラスの仮面第30巻その⑥【すごい先生だわ・・・】

   

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某所の工事現場

「おおい!飯にしようぜ」

昼休みに入る屈強な男。
ふと壁のチラシに目をやる。
忘れられた荒野、出演者一般募集。

「なんだこりゃ?」

 

その頃某所の病院

「わざわざ見舞いすまなかったね。黒沼くん」
「いや。じゃ、お大事に」

誰かのお見舞いに来ている黒沼先生。
廊下を行くと慌ただしい。

「急患です!第5手術室へ!
 カンフルの用意を!」

慌ただしく運び込まれる患者と矢継ぎ早に指示を下す看護師さん。
黒沼先生の目が光る。

 

某所の学習塾。

「先生さようなら」
「ああ、さようなら」

帰って行く生徒たちを見送る塾講師。

「ふう、やれやれ今日も一日終わった・・・
 僕の人生ってこのまま過ぎて行くんだろか・・・」

うなだれながら歩く塾講師、電柱に激突。
電柱には「忘れられた荒野」出演者募集。

 

某所のファーストフード店。

「ちょっと釣は渡したじゃないか!
 あんたあたしにいちゃもんつけようっての!?」

カウンターを叩き客に啖呵を切る女性店員。

「ちょっときみ!お客様になんて口きくの?」
「だってこいつ五千円札出したのに、一万円札出したなんて嘘ついて!」

店長風の男に止められる。

「ちえっここもクビかなあ」

路地裏を片付ける先ほどの女性店員。
その目線の先には「忘れられた荒野」出演者募集。

 

そしてその頃もう一人佳境を迎えていた男。
某所の喫茶店にて。

「桜小路くん、円城寺まどかさんの相手役断ったって・・・ほんと?」

「ああ、ほんとだよ。」

喫茶店にて、恋人の麻生舞さんに問い詰められる桜小路くん

「どうして?スタッフも舞台も一流なのに・・・?
 円城寺まどか歌劇団退団後初の主演舞台だってみんなが注目してるわ。
 イサドラの恋人役よ。そんないい仕事をどうして・・・
 あのひとのせいなの・・・?」

性格はめんどくさいものの、鋭い舞ちゃん。

「北島マヤさんのせい・・・?
 あの人がいるから忘れられた荒野の芝居を辞めたくなくてそれで・・・」

「舞・・・!
 僕は忘れられた荒野でいいスチュワート役をやりたいと思っているよ。
 君が褒めてくれるような・・・ね。」

「桜小路くん・・・」

肯定も否定もせずその場を乗り切った桜小路くん。
こめかみには汗が流れ、嘘確定。

 

そして稽古場では

「一緒に芝居するのがいい人たちだといいわね。」
「そうだね。オーディションでどんな人たちが選ばれるかな。」
「あたし早くジェーンを演りたい・・・!」

喫茶店の修羅場を大嘘を交えながらくぐり抜けて来たにも関わらず
相手役のマヤは芝居のことばかり考えている。
自身はマヤと一緒にいたいがために「忘れられた荒野」を選んだのに
マヤが望むのは桜小路くんではなく「桜小路くんが演じるスチュワート」なのだ。

 

そしてオーディション当日。
パチンコ屋の二階、例の大沢スタジオにて。
総勢数十人集まった応募者たちの姿に度肝を抜かれるマヤ。

なぜかツルハシを持った工事現場のおっさん。
頬に傷が入り、腹巻を巻いてタバコを吸ってる反社風の男。
ヘルメットを抱えた暴走族風の男。
二丁目風の人、ホームレス風の人、多士済々である。
プロの役者や劇団の研究生もいたが
それを上回る街の素人たちが多く集まった。

開始されたオーディション。
黒沼先生の前で朗読を行う。

「はい。結構な朗読でした!」

「黒沼先生、なんだか楽しそう・・・」

オーディションを見つめる桜小路くん。

「ほんとにこんなので芝居できるんだろか・・・?」

しかしマヤは笑っている。

「楽しそうだねマヤちゃん・・・」

「だって喜劇見てるみたいで・・・
 みんなの動きやしゃべり方おもしろいんだもの。」

つい数年前までは、失笑される側だったにも関わらず上から目線。

 

「オーディションご苦労様でした。
 審査の結果あなた方にやっていただくことになりました。
 これからひとつ、芝居が終わるまでよろしく願います。」

合格者は十数名。
その中には、工事現場のおっさん、看護師さん、塾講師、暴走族、喧嘩店員など。

「芝居が初めてという人もたくさんいらっしゃいますが
 あなた方はこの僕が、やれると見込んだ人たちばかりです。
 何も心配はいりません。
 僕について来てください。きっとうまくやれます。」

そして配役が発表される。

「きみはコルベール牧師。
 スチュワートの家とは昔から親しくしています。」

「牧師・・・!俺が??」

驚く工事現場のおっさん

「それから看護婦長、
 あなたはスチュワートの家の家政婦頭バトリー夫人
 狼少女の面倒を見ます。」

病院で発掘した看護師さん、ただものではなく看護婦長(師長)だったらしい。

「君はアン召使いだ。」

喧嘩店員にも配役が。

「それから塾の先生、あなたは医者。
 スチュワートの主治医であり狼少女を診ます。
 君は新聞記者だ。二役で見世物使いの男をやってもらう」

塾の先生と暴走族にも役がふられる

「こんなに素人ばかりで芝居ができるんだろうか?
 まともな役者は男爵役の竹本さんだけだぜ。
 一体黒沼さんは何を考えているんだ???」

黒沼先生を慕いついて来たスタッフも不安げ。

そしてその噂は大沢事務所にも伝わる。
素人を8人も使う配役にびっくりであった。

 

あくる日、稽古が始まる。
基本の発声練習を行う。
素人ばかりだけに、桜小路くんの発生やマヤの雄叫びに圧倒される。

「さ、家政婦頭のバトリー夫人前へ出て。
 ここのセリフをやってみてください。」

いきなりセリフを読まされるも当然ぎこちない。
慣れない芝居に顔を赤らめる看護婦長さん。

「自然にやってくれていいんですよバトリーさん。
 あなたは看護婦長でしょう?いつもの通り自然にやってください。
 いいですか?目の前にいるのは重症の患者だ。
 しかも半分頭がおかしい。入院して来たところです。
 話している相手は院長に年下の看護婦たち。
 そのつもりでやってください。」

ヒントを与え、手を叩く黒沼先生。
そして毅然とした態度で芝居をする婦長さん。
表情、風格、矢継ぎ早な指示。
見事な芝居に、マヤも桜小路くんも言葉を失う。

「あの・・・これでよろしいでしょうか?」

素に戻り再び赤面する婦長さん

「結構!その調子でやってください!
 おれのイメージ通りだ!」

黒沼先生、自らが発掘しスカウトした女優にご満悦。

「合っている・・・なんだかすごく・・・
 スチュワートの家の家政婦頭
 てきぱきしていてしっかり者で
 なんだかほんとは暖かそうで・・・
 ああ、あたしこの人に世話されるんだ・・・」

黒沼先生の慧眼おそるべし。

「つぎ!コルベール牧師。」
「あの・・・俺牧師ったって・・・
 道路工事やビル工事しかやったことなくて・・・」
「大きな工事を前にしているつもりになっていつも通りに」
「えーと、いつもの通りね・・・」

大きな身振り手振りと気合いとともに、セリフを読み上げる。

「おもしろい・・・この牧師なんだか面白い・・・
 さっきのバトリー夫人といい、
 なんだか芝居が今までとは違って感じられる・・・」

しかし当の本人はやりすぎたかのような後ろ姿。

「そういいぞ!コルベール牧師最高だ!
 他のみんなも自然にやってくれ!素直に自分を出してくれればいい。」

素人相手だけに多少甘めとはいえ、大絶賛の黒沼先生。

「先生、あたしさぁ、
 店員やってんだけどよく客と喧嘩起こすの。
 アンって召使いでしょ?
 まずいでしょこういう性格ってやっぱさぁ」

「それにあのわたしもその・・・塾の講師やってまして
 気は弱いしなんで今まで生きてんのかなって感じで・・・
 なんか生きがい探したくてオーディション受けて
 なんだ私みたいなのが受かったのかって不思議で・・・
 うまくやれるか心配で・・・」

「いいじゃないかその口調!
 君のやる役にぴったりだ!
 ぜひその調子でやってくれたまえ。」

「え?そ、そうですか」

「芝居の上でまずいと思う部分は俺が直していく。
 アン!喧嘩っ早いていうのは元気のいい証拠だ。
 元気のいいアンをやってくれ!」

「はい!」

「よし次だ!張り切っていこう!」

俄然盛り上がる稽古場。

「黒沼先生・・・
 やっぱりすごい・・・すごい先生だわ・・・」

しかしそううまくいくことばかりではない。

「黒沼くん!
 素人を8人も使うだと!?
 わしの出張の間によくもそんな勝手なことを!
 わしゃ素人芝居をやってもらうために金を出すんじゃないぞ!」

「彼らは今まで芝居の経験がなかったというだけです。
 彼らは面白いものを持っているんです。
 彼らをうまく使えば面白い芝居になる。
 舞台の上では俺が立派に役者にしてみますよ!」

「ええいうるさい!
 演劇界の物笑いの種だ!
 役者を替えなければ君の芝居は即刻中止だ!」

「!!」

「どうした黒沼くん。
 君にしちゃぐうの音も出ないようだね。
 なんとかいったらどうかね?」

「芝居を・・・続けさせてください社長。」

「では役者たちを替えるんだな」

「今度の芝居を成功させるには彼らが必要なんです。
 決して社長に恥をかかせる芝居にはしません。
 頼むから・・・俺にやらせてください・・・」

「それがものを頼む態度かね黒沼くん」

「俺に・・・芝居をやらせてください社長・・・」

怒りと屈辱で震えながら、床に膝をつく黒沼先生。
まさかの態度に社長も当惑。

「これは驚いた!黒沼さんとも思えない姿ですな。」

いきなり社長室に乱入して来たのは
円城寺まどかさんと、「イサドラ!」演出の藤本先生。

「ドアの外まで声が聞こえて来たもので何事かと思いましてね。
 さすがは黒沼さんだ。
 素人8人も使って素晴らしい舞台にする自信がおありなんだから。」

「ああ。俺のは照明や舞台装置に頼らなければならない芝居とは
 わけがちがうからな。」

立ち上がる黒沼先生。売り言葉に対しては痛烈な買いことばで応戦する。

「な!なんだと?
 私の芝居がそうだというのか・・・!?
 侮辱するのかね私を・・・?」

「そうじゃないんだったら黙ってろ!」

「私は照明も舞台装置もいつも一流を選ぶ。
 それは一流の舞台を作り上げたいからだ。
 君は演技だけで舞台を作れると思っているのかね?
 大変な自信だが黒沼くん。私の演るイサドラに勝てる自信はあるのかね?」

「ああ・・・!」

驚く社長、藤本先生、円城寺さん。

「感動を生むことができるのは演技だけだ。
 装置も照明もそれを助けるだけだ・・・」

くってかかる藤本先生、止める社長。

「なるほど大した自信だ黒沼くん。
 君にもう一度だけチャンスを与えてやろう。
 ただし条件がある。」

「条件・・・?」

 

 
ちゅうわけで今回。
黒沼先生の芝居観、演出力が光る。
かつて黒沼先生は役者を楽器に例え
その魅力を引き出す指揮者の役割が演出家の仕事といっていたが
まさに、素人とはいえ自身のイメージする楽器を発掘し、
演奏の方法も知らない演者を導くのだからなかなかである。

しかし気になるのは今回合格した素人さんたちだ。
もちろん役者になることは否定しないし、
それ以外の仕事も否定しない。
それぞれの人生の決断であり、人生の意義でもある。

例えば「僕の人生は〜」と嘆いていた塾講師や
行き場に困っていた喧嘩店員にとってはよい機会かもしれないし
暴走族も更生のきっかけをつかんだとも思える。
看護婦長さんはどうだろう。
看護婦長という立場、おそらく正規の職員、収入もあるだろう。
仕事ぶりを見るに、責任感と使命感を持って仕事に当たっているようであり、
とても仕事ができそうである。

しかし今回オーディションに合格、稽古に参加することになったのだが
仕事はどうしたのだろうか。
稽古も日中から夜にかけてやっているようだから
看護師長の仕事との両立は厳しいだろう。
もちろんそれが彼女の望んだ人生であれば問題ないのだが
彼女は本当に看護師長としての道を捨ててしまったのだろうか

桜小路くんは「忘れられた荒野」に参加することで
円城寺まどかの相手役という栄誉を捨てた。

同様に、本来の人生や目的を見失ってしまった人がいないか心配だ。
余計なお世話やけど。

つづく。

 - あらすじ・ネタバレ注意, 第30巻・紫の影(3)