【ネタバレ注意】ガラスの仮面第31巻その⑤【今はまだ帰れない・・・】

      2021/06/19

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「いかがでした?イサドラ!の舞台稽古は?
 速水さん」

「すばらしい。初日が待ち遠しいくらいですよ。」

「大都芸能のやり手の若社長からそうおっしゃっていただくと
 お世辞でも嬉しいわ。」

「僕がお世辞を言わないことくらいよくご存知でしょう?」

「ま・・・!」

大都劇場での舞台稽古を終えた円城寺まどかさんと
それをみた速水真澄。
なんとも心の通っていない社会人の会話。

「アカデミー芸術祭で賞を総ナメにできるよ。
 主演女優賞、芸術大賞、それに全日本演劇協会賞。」

「あら・・・?
 全日本演劇協会賞はどなたかが狙っておいでじゃありませんの?」

「黒沼くんの忘れられた荒野なんて問題にもなりゃせんよ。
 まして主演が円城寺まどかと北島マヤじゃ月とスッポン。
 比べ物にもなりゃしない。」

忘れられた荒野の稽古を見て度肝を抜かれ
ざわざわしていたにも関わらず
涼しい表情の円城寺さん。

「全日本演劇協会賞はその作品がいかに演劇界の関心を集めるかにある。
 今期の芸術祭では、イサドラ!の円城寺まどか。
 君が全ての関心を集めているんだ。
 黒沼くんやあのオオカミ少女には気の毒なことだがね。」

ご満悦の藤本夜彦先生。円城寺さんを中心に笑う一同。
そんな様子を涼しい顔で見ている速水真澄。

劇場の扉が開くと現れたのは紫織様。
仕事場にも顔を出し、もはや公認といったところか。

劇場の一同も、この女性が鷹宮財閥の令嬢で
速水真澄と婚約間近であることを知っている。

劇場を出る二人。すると雨が降り始めている。

「コンサートホールまで近くだから歩くつもりだったが・・・
 今車を・・・」

「いいえ」

速水真澄の腕にしがみつく紫織様。

「平気ですわ。雨の中でも。
 真澄様と御一緒なら。
 歩いていきます。」

積極的な紫織様。
冷や汗をかく速水真澄。

いるか?この描写?

その頃さらに激しい雨の遠くの山中では
マヤが望み通り?岩陰にて雨をしのいでいた。

「狼少女ジェーンの心・・・!」

まだジェーンの心はつかめず、
ただの山を舐めた無鉄砲の心のままであった。

 
 

翌朝。岩場の陰で眠ったマヤは天狗岳を目指す。

「昔狼が棲んだという天狗岳・・・
 どんなところなんだろ・・・?
 たとえ劇の世界と違っていてもいいの。
 そこに行けば何か得られるような気がする・・・」

そこに行くだけで芝居につながる何かを得られるという
希望的観測にも似た発想がやばい。

山道はますます険しくなる。
もはや道とは言えず三点確保で登るような岩場や
横歩きで通るような崖。

なんとか夜叉峠を越えたものの
天狗岳につかない。

道を見失ったマヤ、遠方に立ち上る煙を見つける。
煙のもとに向かうと川沿いに山小屋がありおっさんが釣りをしていた。

「なんだ?あんたは」

「え・・・とあの・・・
 天狗岳はどっちの方向でしょう?」

「天狗岳?この辺り一帯が天狗岳だよ。」

「えーー?この辺りが天狗岳・・・
 昔狼が棲んでいたって話ほんとですか?」

「狼?ああ・・・まあそう言う話だがね・・・」

おっさんに、釣ったイワナを焼いてもらっていただく。
彼はここの山番で
カモシカや野猿、熊など、密猟から防ぎ保護しているのだ。

「狼の演技の稽古をするためにこの山へだって!?」

「ええ山へ来れば何か掴めると思って・・・
 そうだおじさん!私の演技をみてください。
 山の中でいっぱい野生の動物見ているでしょう?」

強引におっさんに演技を披露する。
岩場に登り遠吠え、餌を探す仕草などを披露。
突然の展開とマヤの変貌ぶりに度肝を抜かれるおっさん。

「あの・・・どうでしたか?」

「ふうむ、なるほどね。
 よくそれだけの動物の動きをやれるもんだ。
 そうだな動きはいいけど・・・
 山の動物たちと比べると、あんたの今演ったのは
 野生の狼じゃなくて、都会の野良犬って感じだ。
 野生の匂いがしないんだ。
 表情だな。表情が違うんだよ。」

「表情・・・」

山へ来ては見たもののただ遭難しかけただけで
黒沼先生のダメ出しとほぼ同じ。まだ何も得ていない。

「さ!ぐずぐずしていたら日が沈むまでに下山できないぞ。
 麓まで送ってやるから帰りなさい。」

「え?帰る・・・?今・・・山を降りる・・・?」

「さ!天狗岳まできて気が済んだろう?」

「帰れません・・・あたし今は・・・
 あたしまだなにもつかんでない・・・
 ジェーンの野生がわからない・・・まだ帰れない・・・」

「何言ってるんだ!夜になってしまうぞ!
 一人で山にいる気か?そんな格好で・・・」

ちなみに既に大雨の山中で一泊野宿したことは聞いていないらしい。

「今はまだ帰れません・・・」

なんか知らんがおっさんに向かってブチ切れると
おっさんが止めるにも関わらず山の中へ消えて行く。

「帰れない・・・帰れない・・・
 今はまだ帰れない・・・野生の演技・・・」

かといって状況が変わるわけでもない。
食料も残りわずか。
滝の水をすくって飲むマヤ。
しかし手を滑らせ川に落ちる。
なんとか草につながり這い上がるという大冒険を繰り広げるも
靴が片方脱げ、10数mはあろうかという滝へ落ちて行く。

呆然と歩く森の中。

「鳥のさえずり、生き物の声。
 木々と草と土のむせるような匂い
 乾いた日差し、流れる水・・・ジェーンの世界・・・!」

そして夜になるとそこは満天の星である。

「綺麗だなあ、まるで夜空が光ってるみたい・・・!
 なんだかこわいくらい・・・」

星を見ていて思い出すのは速水真澄である。
マヤをプラネタリウムに連れていったこと
その時彼が話した少年時代のこと・・・

「速水さん・・・!
 どうしてこんなときにあんなやつのことなんか
 思い出したんだろ・・・?
 よりによって速水さんのことなんか・・・
 速水さんのことなんか・・・」

そのまま二泊目突入。
そして夜が明けて三日目。

「お腹が空いた・・・」

そこいらに生えていた草をひきぬき、
実のようなものをかじるが苦くて吐き出す。
川で魚を獲ろうとするも、どんくさいマヤに捕まる魚などいない。

「あたし一日中食べ物のことばかり考えてる・・・
 ジェーンの喜び、ジェーンの哀しみ ジェーンの苦しみ、ジェーンの・・・
 お腹が空いた・・・」

 

ちゅうわけで今回。
目的地の天狗岳についたもののまだ何もつかんでいないとのこと。

雨の中野宿して、激しい登山をして
おっさんに芝居のダメ出しされてブチ切れて
川に流されて森に感動して星空に感動して
速水真澄を思い出して腹を空かしただけである。

何より恐ろしいのは、川の水を飲んでいる。
極限状態に近いとは言え、昭和末期くらいであろうか。
市街地の水道水で暮らしている人間にはまず無理である。
最悪食中毒、軽くても腹は壊すであろう。

しかしマヤ、何もつかんでいないと言いながら
その表情は険しく、白目がちになっている。

山に来れば何か、という漠然な動機であったが
実際山に来て、死にかけ、腹を空かせることで
野生の動物に近づいている。

「若草物語」 高熱のベスを演じるために雨に打たれ高熱になる。
「白い青春譜」片足が不自由な患者を演じるため、足を縛って階段昇降。
「石の微笑」 人形になるために、体を竹のギブスで固定。
「奇跡の人」 三重苦を演じるために目隠しと耳栓で生活
「二人の王女」王女になるため、姫川邸にてセレブ暮らし

とこれまでも、役を掴むために役の日常に近づくと言うアプローチ。
他の役者は演じ方で苦労するのに
天才は演じ方については何も悩まない。
役の心という爆薬さえ手に入れれば、マヤという芝居の爆弾は勝手に爆発するのだ。

つづく

 - あらすじ・ネタバレ注意, 第31巻・紫の影(4)