【ネタバレ注意】ガラスの仮面第32巻その⑤【俺は容赦無く席を立つ】

      2021/09/08

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「台風9号は依然として風力衰えず関東一円に暴風雨注意報が出されています。
 首都圏のバスは全面運休、国鉄私鉄各線とも・・・」

ニュースを見る雨月会館の一同。
国鉄という単語が懐かしい。

「黒沼先生、もう開演の時間です、どうしますか?
 一人でも客が来れば上演するとおっしゃっていましたがまだ誰も・・・」

「うむ・・・」

こんな後ろ向きの発言したらどつかれそうな黒沼先生だが
さすがになんとも言えない様子。
劇場の前の道路も通行止になり、
客席には当然誰もいない。

「芸術祭の審査員が観てくれるはずだったのに・・・
 全日本演劇協会の理事長も主催者の社長さんもきてくれるはずだったのに・・・
 でも何よりもあなたにきていただきたかった・・・
 紫のバラのひと・・・」

涙を流すマヤ。

「6時半・・・開演か
 しかがたない・・・!
 みんな残念だが今日の初日の舞台は・・・」

黒沼先生が断腸の思いを切り出したその時
客席の扉がおもむろに開き、ずぶ濡れの足が現れた。
頭の先から水をかぶった速水真澄である。

「どうしたんです?みなさん、上演時間のはずですが・・・」

客席をうろうろしているスタッフや出演者を訝しむ。

「それとも僕は開演時間を間違えましたか?」

ずぶ濡れのコートを脱いで客席に座る

「どうぞ舞台を・・・!」

「そうだったな・・・よし!みんな開演だ!
 舞台へ上がれ!」

歓声をあげる出演者一同。

「速水さん・・・
 なぜこんな日にあたしたちの芝居に・・・」

「君が招待して来れたのは今日じゃなかったのか?
 俺は約束は守ると言っただろう・・・!」

「約束!?
 あたしとの約束のために今日こんな台風の中を・・・?
 そんなずぶ濡れになって??
 どうして・・・どうしてあなたがそんな?」

「行こうマヤちゃん。芝居が始まる!」

「行きたまえチビちゃん。
 俺は舞台の上の君を観にきたんだ。」

「速水さん・・・ええ、みていてください。
 あたしのジェーンを・・・あたしたちの芝居を。
 あたしきっとあなたに恥ずかしくない狼少女を演って見せますから。」

「その言葉を覚えておこう。
 もし途中で君が下手な芝居をしたら俺は容赦無く席を立つ。
 いいな!そのつもりでいろ・・・!」

「ええ・・・速水さん・・・ええ・・・」

走って楽屋へと向かうマヤと後を追う桜小路くん。
これから本番を迎える役者と
芝居を観にきた客とは思えない
殺伐とした会話である。

「わからない・・・
 速水さんあたしあなたがわからない・・・
 仕事のためならなんでもやる冷酷な男・・・
 母さんを死に追いやった仇・・・
 あたしがあなたを憎んでいるように
 あなたもあたしを嫌っているはず・・・
 そうでしょう速水さん、そうなのでしょう?」

複雑な思いを抱えながらメイクをするマヤ。
出演者やスタッフに指示を出す黒沼先生。
台風とは言え、開演時間過ぎてから用意しとる。
中止する気満々だったのだろうか。

かつらを被り衣装を準備してスタンバイするマヤ

「最後までその席を動かないでください速水さん・・・!
 観ていてくださいあたしのジェーンを・・・!
 あたしの狼少女を・・・!
 なぜ今日きたのですか・・・速水さん・・・!」

本番直前に芝居と全く関係ないことを考えながらも
早速スイッチが入るのはさすがプロである。

暗転の中雄叫びが響き、そしてビクトール男爵とスチュワートの会話で芝居が始まる。
前回の稽古で黒沼先生の無茶振りに対して軽妙に演じて見せた二人
さすがの安定の芝居である。

「1928年9月14日
 カルパチアの山奥で狼の群れの中に4つ足で歩く
 裸の二人の少女が発見されました。」

明転すると雄叫びをあげるジェーン。
その姿に早速魅入られる速水真澄。
相変わらずリアクションの早いいいお客さんである。

ジェーンを捕まえようとする村人と逃げ回るジェーン。

「これは演技なのかチビちゃん
 君の芝居を観ているとときたまこれが演技だということを忘れる・・・」

いつもと同じ感想である。

「君の小さな身体のいったいどこにそれほどの情熱が潜んでいるというのだ?」

さっきまで感情たっぷりの会話の応酬をお互い行なっていた。

「その調子だ!その調子で最後まで俺を惹きつけろ・・・!
 もし途中で下手な演技をしたらおれは容赦無く席を立つ・・・
 いいなチビちゃん・・・!」

たった一人の客席でマヤ個人宛に心のメッセージを送る。

「速水さん・・・!たった一人の観客・・・!
 観ていてください。あたしのジェーンは今始まったばかりです・・・!」

雄叫びをあげながら速水真澄に心のメッセージを送る。
外は暴風雨。
そして主役もたった一人の観客も
芝居しながら芝居見ながら、個人的なことを考えている。

ちゅうわけで今回。
台風のため交通機関は麻痺、道路は各所封鎖された。
しかし黒沼先生、一人でも観客が来れば上演するという。
そして一人現れた速水真澄、
上演された「忘れられた荒野」の初日

という劇的な話なのだが、
気になるのは開演時間になっても準備をしていない一同。
速水真澄が入ってきたときにはマヤはメイクしてないし
出演者が客席をうろうろしている。

中には衣装を着た出演者などもいるのだが、
6時半の時点では芝居がスタートできる状態ではなかった。
速水真澄の来客の結果、出演者もスタッフも準備している。

黒沼先生があれほど上演を望んでいるにも関わらず
出演者やスタッフの気の緩みが見られる。

経験少ない出演者ならまだしも
マヤや桜小路くんですら準備をしていない、というのはいかがなものか。

まあ確かに台風が来たら
「明日どうせ電車止まるし、夜更かししたれ」
みたいな感覚にはなる。
そんなときに限って電車は平常運行する。
そうした「台風あるある」への戒めということだろうか。

つづく。

 - あらすじ・ネタバレ注意, 第32巻・紫の影(5)