【ネタバレ注意】ガラスの仮面第34巻その③【紅天女は美と愛そのものだった・・・】

      2022/01/08

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義父の会社で掃除を始めて一年も経った頃
速水少年は会社の中のことが見えて来た。

上司には媚びへつらい、掃除の少年に威張る社員。
サボっている社員。面従腹背の社員。
人と人の結びつき、外部の人の出入りなどを見たのだった。

そして開かれた創立記念祭において
初めて紹介された。

「わしの息子を紹介しよう」

「速水真澄です。よろしく。」

「まだ子供だが今からいろいろと勉強させようと思ってな」

掃除のおばさんの子供だと思っていた社員たち、
今までの態度が一変したのだった。

「いいか、どんなものにも裏と表がある。
 人の姿にも表と裏がある。
 下のものは上に対して表の姿しか見せんものだ。
 笑顔の裏に怒りが隠れている場合もある。
 はいという言葉の裏に、いいえという思いが潜んでいることもある。
 お前が初めからわしの息子だとわかっていたら
 社員は決してお前に裏の姿は見せなかったろう。
 人の上に立つものは表の顔だけを見て人を判断してはならんのだ。」

真澄にあえて、一年間掃除を命じた真意を語る速水英介。

「山の上に立てば麓の景色は見えるが
 どうなっているのか遠くてよくはわからない。
 麓に降りて見て初めてその状態がわかる。
 頂上に立つものは麓がどうであるのか知っておかねば
 いざ山火事があった時、地震があった時、
 どこから逃げれば良いのかわからなくなってしまう。
 頂上からの景色しか知らないものは
 道を誤って死んでしまうこともあるのだ。」

会社と経営者のあり方を山に例える。
とてもわかりやすい。

「もしお前が初めからわしの息子としてここへ入れば
 山の頂上からの景色しか見られぬことになる。
 それがどんなに不幸なことかは
 先で不幸になった時しかわからんのだ。
 その時はもう遅い・・・
 たとえ頂上に立ったとしても
 常に麓の様子には注意を払っておかねばならん。
 このことをよく肝に命じておけ。」

なんて素晴らしい教育や。
一語一句逃さず書いてしまった。

経営者目線の教育であるとはいえ、
組織として非常に有益な視点である。
世の中ずっと頂上で浮かれているアホ経営者がどれだけ多いことか。

その後速水真澄は会社で特殊な教育を受けることになった。
歴史、経済、法律、経営学など、
専門家や大学教授、学者などが教えてくれる。

会社に関することは重役たちがレクチャー。
大都芸能はじめ、大都運輸の輸送網や業績、
大都不動産、大都興産、大都観光社など
グループ企業の仕事を教え込まれた。

発言は許されなかったが会議にも立ち会わせてもらい
政治家や財界人など、
義父の仕事上の人間関係とその動きを観察する機会も与えられた。

失敗すると容赦なく拳が飛んで来た。

「いい気になるな!
 わしは無駄飯を食わせるためにお前を息子にしたわけではないのだ!
 お前がわしの期待に応えることができなければ
 いつでもこの家を放り出してやる!」

速水英介は父ではなかった。
常に家来の上に立つ武将であり
会社の上司であった。

 

 

「母さん・・・
 あなたは義父の愛情が自分にないのを知っていて
 悲しくはなかったのですか・・・?」

速水真澄の母は、速水夫人となってからも変わることなく
会合などに招待されても陰口を叩かれ気詰まりな思いをしていた。
やがて出かけなくなり、家事ばかりしていた。
義父の機嫌を損ねまいとそれだけを気にして
ビクビクしながら暮らしているように見えた。

「千草・・・お前はいったいどこにいるのだ・・・
 どこへ行ってしまったのだ・・・
 わしに紅天女の記憶だけを残して・・・千草・・・」

母が高熱で寝込んでいても気づかない義父、
そしてそんな義父に気を使う母。

「お母さん、誰よりも淋しかったのはあなたのはずだ・・・」

 

 

いとこたちと喧嘩をして家出をしたこともあった。

「お母さんがお義父さんを騙して結婚したなんてでたらめ言うな!
 お母さんに謝れ!」

真澄に殴られた従兄弟、蒲田行進曲ばりの階段落ちを披露。
騒ぎ立てる叔母をよそに、泣きながら家を出た。

「帰るもんか!帰るもんか!
 お義父さんの会社なんて知るもんか!
 誰が跡なんか継ぐもんか!
 あんな家出て行ってやるんだ!」

あてもなくバスに乗り、終点で降りて歩き続けたその先。
区立文化会館のプラネタリウム。

「坊や、早く入って!もうすぐ投影だよ。」

「え?あのでも僕お金が・・・」

「いいよお入り。さあ遠慮しないで。」

そして初めて見たプラネタリウム。
宇宙の大きさに吸い込まれていきそうだった。
星座と星の神話は心までも雄大にしてくれるような気がした。
宇宙の大きさと無限に広がる星の世界に
自分の存在がいかに小さいかを思い知らされた。
自分の心だけがぽっかりと宇宙の中にいるような気がした。

その日は何度も投影を見続け、涙を流した。
それ以来プラネタリウムは子供の頃の唯一の慰めとなった。

義父、速水英介は仕事に関して冷徹になり切れる男だった。
物事のあらゆる価値基準は会社の得になるかどうか。
得になる人間は大事にするが
役に立たなくなるとあっさり切り捨てた。
とくに役者やタレント、芸能人に対しては
全く商品としか見ていなかった。

大都運輸の輸送網は大都芸能の興行や宣伝に役立ち
全国の観光地にホテルやゴルフ場、遊園地などを持つ
大都観光と結びついて利益を上げ
他の関連事業も結びついて事業を拡張していた。

「大都芸能で紅天女を上演するのがわしの夢だ・・・
 若い頃頼るものもなくがむしゃらに働いていた
 わしの前に現れたのが紅天女だった。
 あんな感動は生まれて初めてだった・・・
 あの頃のわしにとって紅天女は美と愛そのものだった・・・」

突如として真澄に紅天女への思いを語り出す英介氏。

  • 劇場に通い詰める自分に驚いたものだった
  • 運送会社を経営していたのを理由に地方で公演があると聞けばどこへでもついていった
  • 何かの形で紅天女と結びついていたいと思った・・・
  • それが大都芸能を興すきっかけとなった
  • だがこの世界で新参者のわしはバカにされあらゆる妨害や中傷を受けた。
  • 紅天女はわしなど手の届かぬ名作になっていた
  • なんとかこの世界で認められようと必死になった
  • かなり無茶なこともやった
  • 強引なことも・・・
  • 紅天女さえ手に入れることができれば一流の仲間入りができる・・・
  • わしはそう思いつめるようになった・・・

「そのためあらゆる強引な手を使った・・・
 そして・・・追い詰められた尾崎一蓮は・・・
 あんなことになるとは・・・
 紅天女をもう一度蘇らせたい・・・
 月影千草の行方さえわかれば・・・」

人を人とも思わぬ義父のどうにも思い通りにならない相手
それが紅天女の月影千草だった・・・

そしてそんな彼の元で帝王学を学ぶ速水真澄。
車が停まるとそこにはかつての野球仲間が。
もうあの中に帰ることはできない。
そしてかつてのたい焼き屋は焼き鳥屋になっていた。
おばさんが病気で亡くなったとのこと。

「そして俺は二度とその場へ戻ることはなかった・・・」

 

 
ちゅうわけで今回。
大都芸能のこと、速水英介のこと、そして彼が速水真澄に施した帝王教育のこと。

速水英介、昭和の高度成長を物語るようなエネルギッシュな人物である。
冷徹、強引、粗暴、傲慢、乱暴、薄情ではあるが
とてもハングリーで精力的、
たたき上げの実力主義であり、現実主義であり
極めて有能な人物である。

会社に利益をもたらすためには手段は厭わず、
元々は使用人の子であった藤村真澄を後継者に据えるというのも
かなり実利主義で先入観や偏見にとらわれない視点を持っている。

そして彼が興し拡大した大都グループは
彼の人生訓をそのままに受け継いだ速水真澄によって継がれて行った。

ただ大都芸能を興したのは紅天女がきっかけであり、
紅天女を手に入れることが一流のステータスと思いつめるあたり
究極のアイドルオタク最終形態である。

劇場に通いつめたり追っかけをするのみならず
会社を興して紅天女を蘇らすという思想。
アイドルオタクが行動力とハングリーさを持つと
一代で財を成す、という極めて珍しい例である。

つづく。

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